False Islandのキャラブログ。日記ログとか絵とかネタとか色々。
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「――待て!」
出し抜けにレンジィが大きな声を出したのは、『島の秘密』を明かした15隊が去っていこうとした時だった。
あまりに唐突だったので、僕もハイダラもカディムもあっけにとられた。背を向けていた15隊の連中も怪訝そうに振り返っている。
僕はこっそり、レンジィの顔を盗み見た。さっき出した大きな声とは裏腹に、すっかり表情が抜け落ちた顔をしている。いつも表情豊かな彼を見ているからか、僕にはその顔がとても異様なものに思えた。
レンジィの言葉に答えたのはギルの方だった。面倒臭そうに顔を歪めて言う。
「んだよ、まだ何かあんのかぁ?」
「お前、」
恐ろしく低く、重い声だった。
彼がここまで低い――地鳴りのような声で喋る事は滅多になかった。
その声のまま、無表情にレンジィが続ける。
「宝玉を使えば過去を操れる、と言ったな」
「ああ」
「どういう意味だ」
「どういう意味、ねぇ」
にやにやと笑いながら、わざとらしくギルが肩を竦める。真面目に答える気はあまりなさそうだった。そもそも、彼らがこれ以上の情報を持っているかどうかも怪しい。わざわざ聞いたところで新たな収穫は見込めないだろう。
だが、レンジィはそう考えなかったらしい。右手に僕を持ったまま、つかつかとギルに歩み寄る。無表情だったレンジィの顔がそこでようやく表情を見せた。それは怒りや不安、そして一種の懇願が入り交じった、酷く複雑な形相だった。
ギルの顔からにやにや笑いが消える。隣に立っていたシズクや兵隊達が身構えるのが、僕からも見えた。
そんな彼らには構わず、レンジィがまた口を開く。
「答えろ、どういう意味だ」
「だーかーら、どうもこうもねぇって」
「答えろ!」
泥にまみれた白い手袋がギルの胸ぐらを掴む。
まずい。もう戦闘は終わっているのに、これでは――。
僕は慌てて止めに入った。
『やめろレンジィ、とっくに決着はついてる!』
「ほぉら、てめぇの相棒も言ってるぜぇ」
「うるさい!」
レンジィの両目がみるみるうちに色を変えた。青い虹彩から色素が抜け、鮮やかな橙黄色へと変化していく。それと同時に周囲の気温が急速に冷えた。僕の表面に露が降りたかと思うと直ぐに凍りつく。ギルを掴んだ左手の周囲の空気が凍り、白く濁って足元へ流れていく。
虹彩にかけた変色の魔法すら解いて、残り少ない魔力を身体中からかき集めているらしい。もう体力は限界に近いのに、それでもまだ何かしようとしている。
「……!」
シズクがこっちに向かって弓を構える。放っておいたらレンジィが撃たれるかもしれない。向こうも疲弊しきっているから大した威力ではないだろうけれど、何せこの至近距離だ。ここはとにかくレンジィを落ち着かせて、こちらに戦意がない事を示すしかない。
ただ、僕に出来る事と言えば怒鳴る事と魔力で軽い反発を起こす事だけだ。魔力での反発はレンジィが掴んでいるギルにまで衝撃が伝達してしまう。それを「攻撃」と受け取られればシズクはレンジィを撃つだろう。出来るかぎり彼らを刺激したくはなかった。
だから僕は叫ぶ。
『馬鹿っ、やめろって言ってるだろう!』
「……おいおい勘弁してくれよ。俺もてめぇも、もうろくに戦えやしねぇだろ」
「黙れ。お前の無駄口なんか要らん。質問に答えろ。でないと――」
「随分必死だなぁ、え?」
ギルは白い歯を剥き出しにして笑い、嘲るようにこう言い捨てた。
「そんなに変えてぇ過去でもあるってのかい、魔法使いさんよぉ?」
「こ、の……ッ!」
僕を握るレンジィの右腕に力が籠る。僕を鈍器として使う時の握り方だった。骨や筋が軋むほど強く柄を握りしめる彼の顔が、どす黒い憤怒で歪む。
満身創痍のくせに、一体何処にこんな力が残っていたんだろう? それとも無理矢理絞り出したのか。それ以前に――このまま僕を振り上げてどうするつもりなのか? そんな事は決まりきっている。
腕に更に力が入る。シズクのつがえた矢の先がレンジィに向けられ、弦が引き絞られた。
『おい、レンジィ!』
いい加減にしろと僕が言いかけた時、黒い手袋をはめた手がレンジィの左腕を掴んだ。そしてそれとほぼ同時に、細く白い、骨張った手が彼の右腕を押さえていた。しゃらりと無数の装飾品が涼しげな音を立てる。
「――ッ!?」
自分を止めた二人――ハイダラとカディムを交互に見て、レンジィは完全に言葉を失った。何か言おうとはしたみたいだったけれど、結局黙り込んでしまった。
空気の冷却も止まったようで、辺りに降りた霜が溶けていく。二人が側に来たのに気がついて、反射的に魔法を解いたのだろう。僕を握る右腕からも力が抜けていた。
我を忘れても、ハイダラ達を傷つけたくないという理性は残っていたらしい。
「恐れながら申し上げます、レンジィ様」
淡々としながらもどこか緊張した声でカディムが告げる。
「これ以上はお身体に障ります故、どうかお気を鎮めて下さいませ」
カディムにそう言われて、レンジィが一瞬躊躇うのが分かった。苦しそうな顔をして、それでも納得がいかないのか、ギルからは手を離さずにいる。
「……だけど、こいつは」
「レン」
珍しく鋭い声でハイダラが言った。びくりとレンジィの肩が震え、それからばつが悪そうに、橙黄色の両目がハイダラを見る。
ハイダラは厳しい顔で(外見の若さはレンジィと同じくらいなのに、今はハイダラの方が遥かに年上に見える)続けた。
「やめよう、レン。これ以上は無意味だ」
「…………」
「彼らだって『過去を操れる』という事以上は知らないかもしれない。もし知っていたとしても喋らないだろう。それに君はとてもとても疲れている。これ以上無理に術を使うのは身体に良くない」
ハイダラの言葉に、レンジィはしばらく黙ったままだったけれど――少しして、彼はギルの襟を放した。そのまま左手はだらんと弛緩して、所在なさげに彼の腰の辺りでぶらついている。
レンジィ自身と言えばすっかりうなだれていて、僕からも逆光になって表情が分からなくなっていた。
「……悪かった。もう、良い」
消え入りそうな声でレンジィが言った。
ギルと言えば、掴まれていた襟を正すと、ふん、と軽く鼻を鳴らして背を向けている。シズクもようやく弓を降ろして、兵達と共にギルの後をついて歩き始めていた。
ふと、少しだけギルが僕らの方を振り返った。
「――ま、せいぜい頑張るこったな」
それを最後に、今度こそベルクレア騎士団第15隊は平原の向こうに姿を消した。
「………………」
『……落ち着いた?』
僕が尋ねると、レンジィは黙ったまま頷いた。堅く閉じた両目を左手で覆って、すぐに放した。両目はもういつも通りの青い目に戻っていた。
それでも、顔から放した左手が、僕を持つ右手が、肩が、足が、がたがた震えている。
「……悪い、みっともねーとこ、見せちまった」
震える左手が、脇腹の古傷を掴んでいる事に彼は気がついているんだろうか。
それからしばらく誰も、何も言わなかった。
……まさかレンジィ、君は本気で『過去を変えよう』なんて、思ってるのか?
もしもそのつもりだったら、そして本当に変える事が出来てしまったら、その時ひょっとしたら、君は――
出し抜けにレンジィが大きな声を出したのは、『島の秘密』を明かした15隊が去っていこうとした時だった。
あまりに唐突だったので、僕もハイダラもカディムもあっけにとられた。背を向けていた15隊の連中も怪訝そうに振り返っている。
僕はこっそり、レンジィの顔を盗み見た。さっき出した大きな声とは裏腹に、すっかり表情が抜け落ちた顔をしている。いつも表情豊かな彼を見ているからか、僕にはその顔がとても異様なものに思えた。
レンジィの言葉に答えたのはギルの方だった。面倒臭そうに顔を歪めて言う。
「んだよ、まだ何かあんのかぁ?」
「お前、」
恐ろしく低く、重い声だった。
彼がここまで低い――地鳴りのような声で喋る事は滅多になかった。
その声のまま、無表情にレンジィが続ける。
「宝玉を使えば過去を操れる、と言ったな」
「ああ」
「どういう意味だ」
「どういう意味、ねぇ」
にやにやと笑いながら、わざとらしくギルが肩を竦める。真面目に答える気はあまりなさそうだった。そもそも、彼らがこれ以上の情報を持っているかどうかも怪しい。わざわざ聞いたところで新たな収穫は見込めないだろう。
だが、レンジィはそう考えなかったらしい。右手に僕を持ったまま、つかつかとギルに歩み寄る。無表情だったレンジィの顔がそこでようやく表情を見せた。それは怒りや不安、そして一種の懇願が入り交じった、酷く複雑な形相だった。
ギルの顔からにやにや笑いが消える。隣に立っていたシズクや兵隊達が身構えるのが、僕からも見えた。
そんな彼らには構わず、レンジィがまた口を開く。
「答えろ、どういう意味だ」
「だーかーら、どうもこうもねぇって」
「答えろ!」
泥にまみれた白い手袋がギルの胸ぐらを掴む。
まずい。もう戦闘は終わっているのに、これでは――。
僕は慌てて止めに入った。
『やめろレンジィ、とっくに決着はついてる!』
「ほぉら、てめぇの相棒も言ってるぜぇ」
「うるさい!」
レンジィの両目がみるみるうちに色を変えた。青い虹彩から色素が抜け、鮮やかな橙黄色へと変化していく。それと同時に周囲の気温が急速に冷えた。僕の表面に露が降りたかと思うと直ぐに凍りつく。ギルを掴んだ左手の周囲の空気が凍り、白く濁って足元へ流れていく。
虹彩にかけた変色の魔法すら解いて、残り少ない魔力を身体中からかき集めているらしい。もう体力は限界に近いのに、それでもまだ何かしようとしている。
「……!」
シズクがこっちに向かって弓を構える。放っておいたらレンジィが撃たれるかもしれない。向こうも疲弊しきっているから大した威力ではないだろうけれど、何せこの至近距離だ。ここはとにかくレンジィを落ち着かせて、こちらに戦意がない事を示すしかない。
ただ、僕に出来る事と言えば怒鳴る事と魔力で軽い反発を起こす事だけだ。魔力での反発はレンジィが掴んでいるギルにまで衝撃が伝達してしまう。それを「攻撃」と受け取られればシズクはレンジィを撃つだろう。出来るかぎり彼らを刺激したくはなかった。
だから僕は叫ぶ。
『馬鹿っ、やめろって言ってるだろう!』
「……おいおい勘弁してくれよ。俺もてめぇも、もうろくに戦えやしねぇだろ」
「黙れ。お前の無駄口なんか要らん。質問に答えろ。でないと――」
「随分必死だなぁ、え?」
ギルは白い歯を剥き出しにして笑い、嘲るようにこう言い捨てた。
「そんなに変えてぇ過去でもあるってのかい、魔法使いさんよぉ?」
「こ、の……ッ!」
僕を握るレンジィの右腕に力が籠る。僕を鈍器として使う時の握り方だった。骨や筋が軋むほど強く柄を握りしめる彼の顔が、どす黒い憤怒で歪む。
満身創痍のくせに、一体何処にこんな力が残っていたんだろう? それとも無理矢理絞り出したのか。それ以前に――このまま僕を振り上げてどうするつもりなのか? そんな事は決まりきっている。
腕に更に力が入る。シズクのつがえた矢の先がレンジィに向けられ、弦が引き絞られた。
『おい、レンジィ!』
いい加減にしろと僕が言いかけた時、黒い手袋をはめた手がレンジィの左腕を掴んだ。そしてそれとほぼ同時に、細く白い、骨張った手が彼の右腕を押さえていた。しゃらりと無数の装飾品が涼しげな音を立てる。
「――ッ!?」
自分を止めた二人――ハイダラとカディムを交互に見て、レンジィは完全に言葉を失った。何か言おうとはしたみたいだったけれど、結局黙り込んでしまった。
空気の冷却も止まったようで、辺りに降りた霜が溶けていく。二人が側に来たのに気がついて、反射的に魔法を解いたのだろう。僕を握る右腕からも力が抜けていた。
我を忘れても、ハイダラ達を傷つけたくないという理性は残っていたらしい。
「恐れながら申し上げます、レンジィ様」
淡々としながらもどこか緊張した声でカディムが告げる。
「これ以上はお身体に障ります故、どうかお気を鎮めて下さいませ」
カディムにそう言われて、レンジィが一瞬躊躇うのが分かった。苦しそうな顔をして、それでも納得がいかないのか、ギルからは手を離さずにいる。
「……だけど、こいつは」
「レン」
珍しく鋭い声でハイダラが言った。びくりとレンジィの肩が震え、それからばつが悪そうに、橙黄色の両目がハイダラを見る。
ハイダラは厳しい顔で(外見の若さはレンジィと同じくらいなのに、今はハイダラの方が遥かに年上に見える)続けた。
「やめよう、レン。これ以上は無意味だ」
「…………」
「彼らだって『過去を操れる』という事以上は知らないかもしれない。もし知っていたとしても喋らないだろう。それに君はとてもとても疲れている。これ以上無理に術を使うのは身体に良くない」
ハイダラの言葉に、レンジィはしばらく黙ったままだったけれど――少しして、彼はギルの襟を放した。そのまま左手はだらんと弛緩して、所在なさげに彼の腰の辺りでぶらついている。
レンジィ自身と言えばすっかりうなだれていて、僕からも逆光になって表情が分からなくなっていた。
「……悪かった。もう、良い」
消え入りそうな声でレンジィが言った。
ギルと言えば、掴まれていた襟を正すと、ふん、と軽く鼻を鳴らして背を向けている。シズクもようやく弓を降ろして、兵達と共にギルの後をついて歩き始めていた。
ふと、少しだけギルが僕らの方を振り返った。
「――ま、せいぜい頑張るこったな」
それを最後に、今度こそベルクレア騎士団第15隊は平原の向こうに姿を消した。
「………………」
『……落ち着いた?』
僕が尋ねると、レンジィは黙ったまま頷いた。堅く閉じた両目を左手で覆って、すぐに放した。両目はもういつも通りの青い目に戻っていた。
それでも、顔から放した左手が、僕を持つ右手が、肩が、足が、がたがた震えている。
「……悪い、みっともねーとこ、見せちまった」
震える左手が、脇腹の古傷を掴んでいる事に彼は気がついているんだろうか。
それからしばらく誰も、何も言わなかった。
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もしもそのつもりだったら、そして本当に変える事が出来てしまったら、その時ひょっとしたら、君は――
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