False Islandのキャラブログ。日記ログとか絵とかネタとか色々。
キャラロールがぽんと飛び出ますので苦手な方はご注意を。
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走り続けて濁ったさざなみ、
その澪を追いかけていた一本の杖、
彼らの事の顛末のはじまり。
「あいたたたたたっ!」
また飛び出してしまったたハイダラを追っている途中、そんなけたたましい叫び声が聞こえてきた。聞き覚えがある声だ。
思わずカディムと顔を見合わせてから、駆け足でその声の方角へ向かう。
少し走った先にある茂みを抜けると、急に開けた場所に出た。
まず目に入って来たのは取っ組み合っている二つの人影だった。片方がもう片方に飛びついて、というか肩口に噛みついて、こっちの方にぐいぐい引っ張っている。確保したと言わんばかりの様子だった。
噛みついているのはさっき飛び出して行ったハイダラで(これにも凄く驚いたんだけれど)噛みつかれて叫びながら暴れているのは――。
「ちょ、痛い痛い、痛いってハイダラ!」
「レンジィ!?」
「……!」
僕が声を上げた途端、ぴたっ、と、叫び声が止まった。
声と同時に動きを止めたレンジィの目が、機械的に僕の方を見た。その目を見て思わず鳥肌が立った。色が元の橙黄色に戻っていたのはともかく、瞳孔が縦に割れていたからだ。人間にはまずあり得ない形のはずだった。
よくよく見てみれば、瞳孔以外にもレンジィの形はあちこちで変わっていた。うなじ近くの髪が全て黒い羽毛に変わっていて、青い髪飾りで括った一房は黒い羽帚のような有様だった。爪が異様に鋭くなっていて、そのせいなのかいつも身につけていた白手袋を、今ははめていない。
服も土で汚れたり、裾が破れたりして酷い状態だ。剃っていないからか、顎の辺りに無精髭もちらつき始めている。
レンジィはしばらく黙ってこちらを見ていたけれど、やがてハイダラの方に向き直った。
不自然なぐらい明るい笑みで、まだ噛みついたままの彼の肩に手をやる。
「ごめん、ハイダラ。どうせならもうちっと落ち着いて話したいしさ――ちょっと、離れてくれねーか? あんたも、これじゃ喋れねーだろ」
「…………」
噛みついたままレンジィを見上げていたハイダラは、少ししてやっと口を離した。それでもレンジィの左腕を掴んで離そうとしない。
レンジィはちょっと困ったように笑ってみせ、それからまた僕を見た。
「久しぶりだな、ロージャ。……また随分、妙な格好だな?」
僕の姿を見てまるで驚かない。僕が誰なのかは声で判断がついたとしても、僕が人の姿になるのを見るのは初めてのはずだ。もう少し驚いても良いものじゃないだろうか? それとも、僕が人間の姿になったことすら彼にとっては既に「どうでもいいこと」なのだろうか。
これは、良くない兆候だ。外界からの刺激にほとんど反応が返せなくなっている(さすがにハイダラに噛みつかれたのは驚いたようだけれど)。あまりにも感覚が麻痺してしまうと後々ろくな事にならないし、何より今の彼は自分の内面しか見えていない。それが一番危険だ。
さて、こんな状態の彼に何から切り出せば良いのだろう。
言いよどんでいる僕を尻目に、レンジィは胡乱そうに上を見上げていた。
「先生は――外か。こっちに来てるのはお前とハイダラ達だけって事だな。ま、あの人らしいけどさ」
「……どういう意味だ」
「そのままさ」
にこにこと笑ったままレンジィが続ける。
「あの人はいつも見ているだけだ。俯瞰さえしていれば全てが見えると思ってる。いつ撃ち落とされるか分かってもんじゃないってのにさ。そんなんだから弟子に出し抜かれる。この前は、俺の手足をへし折ってでも連れ帰るって言ってたくせにね。――所詮は口だけだよ、あの人も、お前も」
彼はそこで大袈裟に溜息を吐いてみせた。声色に嘲笑が混じる。
「その姿は先生の仕業か? さぞかし気分がいいだろう? だっていつもはお前、俺が居なきゃなーんもできねーもんな? 口だけになっちまうのもまぁ、仕方ないか。それしか能がねーんだもの。いくら喋るつってもさ、結局ただの杖だもんなぁ、お前」
そう言うレンジィの顔は相変わらず笑顔のままで、しかもそれはさっきまでハイダラに向けていた笑顔と全く同じものだった。
気を抜くとレンジィに怒鳴り返しそうになるのを、僕は何とか堪えた。こんなものはただの愚痴だ。普段の彼が「言わずにおこう」と封じていた言葉をめちゃくちゃにバラまいているだけだ。
こんなものにいちいち返答したって何にもならない。答えるべき事はもっと別にある。
「……にしても、好き勝手言ってくれやがって。何にも分かっちゃいないくせに」
レンジィの声色にどす黒いものが混じり始めた。顔が笑顔のままだから、余計にその異様さが際立った。
「ああ腹が立つ、いつだってそうだ、お前は見てるだけだ。それしか出来ないくせに、偉そうにべらべらと、俺に指図しやがって」
みし、とレンジィの腕が嫌な音を立てた。彼の二の腕の筋肉に不自然なほど力が込められているのが、服の上からでも見て取れた。折り曲げた指の先から伸びた鋭い爪が鈍く光っている。
「何にも出来ないし分からないお前はその辺でぺちゃくちゃ囀ってりゃ良かったんだよ、それなら俺だって文句は言わなかったってのに、何でまたそんな、人間の形なんかになりやがったんだ? このお喋り雀が、そこまでして俺の邪魔がしたいのか?」
思わず、目を閉じる。そうだ、これが結果なのだ。僕がロルを巻き込んでやったことの結果がこれだ。僕は、この結果の責任を追わなければならない。
「……ああ、君の言う通りだよ、レンジィ」
僕は目を開けて、正面からレンジィを見た。
「僕もロルも口だけで、君と正面から向き合おうとしなかった。怖かったんだ。僕らが撒いた種がどう芽吹いたのか、その結果を見るのを躊躇っていた。君から目を背け、侮った結果がこの体たらくさ」
「ほら見ろ! どうせお前らは」
「だから、君に隠していたことを話そう」
レンジィの言葉を断ち切るようにして、僕は畳み掛ける。
「レンジィ、何故君がこの島に飛ばされたか、その理由を知りたくはない?」
彼の顔から笑みが消える。食いついた。
僕は視線を離さずに続ける。
「僕は何故君がここに来ることになったか知っている。それをここで全部話そう。それでもなお君が過去を変えると言うのなら、僕は全力で君を止める。だから——僕の話を聞け、レンジィ=ア=イーオ!」
辺りが突然閃光に包まれたのは、本題に移ろうとして僕が息をついだ、その瞬間だった。
それから。
「どういう、事だ、これは……!」
「…………」
謎の男と少女のやり取りを唖然と見ていた僕の傍らで、レンジィは座り込んだまま俯いている。表情は、僕からは見えない。
僕だって、叶うならそうしたい。色んな考えが頭の中でぐちゃぐちゃに回って、うまく言葉が出ない。
彼らの言う事が本当なら島中のほぼ全ての参加者がここに集められたことになるが、参加者以外の連中はどうなったんだろう? 外で待機していたロルは無事だろうか? 僕が人型を保っているところから考えて、彼女からの魔力の供給は続いているようだけれど。
いや、今はそれよりもレンジィの事だ。
こんな事になるのが分かっていたらと思うが、今悔やんでもどうにもならない。自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。
あの時は僕もロルも、これは単なる宝探しみたいなものだろうと考えていたのだ。多少危険な目に遭うかもしれないが、命まで落とすような事はなさそうだと判断していた。ああ、僕らは二人とも大馬鹿野郎だ! 彼にちゃんと生きてほしいと思っていたのに、結果的に彼の命を危険に晒している。
だがこうなった以上、僕に出来ることは自己嫌悪でも後悔でもない。ユグドラシルの偽葉から生まれた連中は既にすぐそこまで来ている。
「……世話をかけてばかりで本当にごめん、ハイダラ、カディム。今すぐ、レンジィを連れて逃げてくれないか」
やっと出た僕の声に、びくりとレンジィの肩が震えた。
ハイダラとカディムが驚いた様子で僕を見る。
「ロージャ!?」
「今ならまだ遺跡外に出るだけの機能は残ってるかもしれない。外にロルがいるから彼女と合流して、可能なら島を出てくれ。この辺に向かってる奴らは僕が足止めする」
僕の言葉に、ハイダラは首をぶんぶん横に振って言った(そういえば、彼の声をちゃんと聞くのは随分久しぶりな気がする)
「それは駄目だ! 逃げるのなら、ロージャも一緒に!」
「良いんだ、レンジィがこうなったのも君達を巻き込んだのも僕の責任なんだもの。ここは、僕が残るのが筋だ」
そう言って敵の方に向き直ろうとすると、今度はカディムに引き止められた。
「カディム、」
「……ロージャ様、なりません。お一人では余りにも」
「――大丈夫、一人じゃ戦わないよ。他に残る人達に声をかけてみて、出来そうならお手伝いしてくるからさ。だからほら、早く!」
二人をレンジィの方に押しやるようにしながら叫ぶ。もうあまり時間はない。早くしないと、
「馬っ鹿みてぇ」
突然、吐き捨てるようにレンジィが言った。ぎょっとして僕は思わず固まった。ハイダラとカディムも彼の方を見ている。
そして当のレンジィと言えば、反応できずにいる僕らには構わず、そのまま誰に向けているのか分からない言葉を話し続けていた。
「過去だの何だのってのは結局あのお嬢ちゃん限定の機能だったっつーこと? ここでじたばたしてもグラーシャに謝れねーしそもそも会えもしねーのか? よくわかんねーけど……というか、噂なんか信じた俺が一番馬鹿だった? その挙げ句ハイダラ達にも周りの皆にも、ロージャや先生にも迷惑かけて」
そこで不意に、レンジィが顔を上げた。
両の目は、瞳孔こそ縦に割れたままだったけれど、銀を帯びた青に光っていた。
「――本当、馬鹿みてぇだ。こんな様で今更逃げる訳にゃいかねーだろ」
……ちょっと待て、今ここで正気に返るのか!
過去をやり直せないと分かって変な方向に吹っ切れたのは想像がつくけど、まさかここで!
「……!? レン!? レン! 大丈夫? 平気?」
「あー、何とか……」
驚いた様子で駆け寄るハイダラに、髪の毛を引っ掻きまわしながらレンジィが言った。
「ちっと頭痛いけど、それは無茶したからだしな。……うん、今は平気」
「そう、良かった……心配した」
「ん、ごめん」
そう言って苦笑いするレンジィの表情は、もうほとんど普段の彼のそれに戻っているように見える。
彼は一度大きく深呼吸をして、神妙な顔になって口を開いた。
「……今回は色々迷惑かけちまって、本当に悪かった。あんたを凍らせるなんていくらなんでもやり過ぎだったし、ろくでもない事もいっぱい言っちまったし。……謝って済む話じゃねーけど、落ち着いたら、ちゃんと謝らせてくれ」
それから立ち上がると今度は指をぼきぼき鳴らして、とんでもない事を言い出した。
「さて、このままじゃ過去とやらにされちまうようだし、いっちょ戦ってみっかねぇ」
「……な、何言ってるんだ!」
慌てて僕は彼の前に飛び出した。ん、と青い目が不思議そうにこっちを見る。
「何って、何が?」
「こうなったのは元は僕の責任なんだ! 君が付き合う必要はない!」
「それってお前が話そうとしてた事? ……そういやまだ聞けてねーな。よし、一段落ついたら話せ」
「ああだから、そうじゃなくて……!」
「ロージャ」
レンジィが穏やかな声で僕の言葉を遮る。
「お前だけカッコつけようったってそうはいかねーよ。そもそも、本当に逃げられるかも分からねーしさ。……それにな、俺、今物凄く腹が立ってんの。どこまで出来るか分からねーけど……あいつらに八つ当たりしてやってもバチはあたらねーだろ?」
牙の見える口で笑って、レンジィは近づきつつある偽葉の化物達を指差した。
……これ以上、僕が何を言っても無駄らしい。
「……分かったよ。そこまで言うなら、仕方ない」
僕が人に化けていられるのは、僕の本体である杖の表面に「貼り付けた」ロルの呪文と彼女の羽根から流し込まれてくる魔力のおかげだ。つまるところ、呪文が剥がれたり魔力の供給が断たれれば僕は元の杖の姿に戻る。
だから、杖に戻るのは簡単だ。
僕は胸元から紅い羽を全て引き抜いて、レンジィに手渡した。
「はい、これ。持ってて」
「先生の羽根か。何でまた?」
「それのおかげで化けてられるんだ。……戦うんなら武器が居るだろ。こっちの格好じゃ武器としては使えないし」
羽からの魔力を断たれた体が形を失って、元の杖の姿に戻っていく。正面しか見えなかった視界がだんだん広がっていく。レンジィは羽根に流し込まれている魔力に気がついたらしく、興味深そうに羽根を眺めていた。
「……なるほど、俺がもらったのと違って常に魔力が送られて来てる訳か」
「そう。だからそれさえあれば、また化け直せるし。だから、預かってて』
遂に視界が360度に達した。がらん、というのは杖になった僕が地面に倒れた音だ。レンジィは「分かった」とだけ答えて、羽根をズボンのポケットに突っ込んでいた。
……カディムに預かってもらった方が良かったかな。今になってちょっと不安になる。
「さて――ハイダラ、どうする?」
僕を拾い上げたレンジィが、素振りをしながらハイダラに向かって声をかける。
ハイダラは少し笑ってから、肩を竦めて答えた。
「過去にされてしまうのは私も嫌だな。それに、きっとこれが最後のお祭り騒ぎになると思うし――大暴れしないのは損だと思わないか?」
「ははは、同感だ! そんじゃ、気合い入れてこうかね」
……病み上がりのくせにあんな事を言っている。本当に大丈夫かな……切り替わりが極端過ぎて、逆に心配になってくる。
カディムの方に視線を集中させる。ハイダラの側に控えた彼の表情も、何となく心配そうだった。それもそうだ、レンジィは正気に戻ったとはいえあんな成りだし、訳の分からない連中が押し寄せて来てるし。
それから青金石の目がこっちを見て、少し悲し気に細められた。僕はちかちかと、彼への合図のつもりで鉱石を光らせてみる。……これも久々だな。
そんな僕らのあれやこれやなど全く知らないふりで、偽葉から生まれた奴らはじりじりとこちらに近づき始めていた。
じきに、この島最大最後の、そして恐らく最も長い大一番が始まる。
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